川澄明男からはじまった

川澄明男ポートレイト

川澄 明男 Akio Kawasumi

2000年度日本建築学会員賞受賞

●略歴

昭和23年 東京大学第一工学部建築学科卒。
鹿島建設設計部、アントニン・レーモンド設計事務所、村田政真設計事務所を経て
昭和31年 フリーのカメラマンとして独立。
婦人画報、モダンリビング、新建築、講談社などマスコミの仕事を中心として一般建築写真を手がける。
昭和38年 株式会社川澄建築写真事務所を設立。
平成19年 9月26日 死去。

一級建築士
日本写真家協会(JPS)会員
日本建築学会会員
元日本大学芸術学部写真学科講師

●出版物

  • 「現代の住まい」昭和39年8月 講談社
  • 「アルハンブラ」昭和41年1月 鹿島研究所出版会
  • 「日本の美術 別巻 庭」昭和42年12月 平凡社
  • 「昭和の庭」昭和43年12月 鹿島研究所出版会
  • 「東照宮」昭和44年2月 講談社
  • 「The Architecture of Leandor V.Locsin」
    昭和52年 WEATHERHILL
  • 「建築家100人との対話」平成10年4月 新建築社
聖十字教会 最高裁判所 東京国際フォーラム(ガラス棟) 静岡県立美術館ロダン館nega2 ホテルオークラロビー 水ガラス ヤマトインターナショナル 国立代々木競技場 出雲大社庁の舎 軽井沢プリンスホテル南館nega

建築写真と私

建築設計の実務から離れて写真転向を志して以来、長くも短くもある40年近くが過ぎてしまった。建築物には馴染みが深く、写真もアマチュア写真誌コンテストの常連で自信があった私だが、建築写真の基礎技術に欠けていたため職業として安定するまで手探りの苦労の連続であった。

転向以来、モダンリビングや新建築といった建築情報誌の世界で、たたかれしごかれたりする中で自己の信じる写真の道を模索しつづけてきた。その間数多くの一流の建築家からその独自の写真観を教示されたことは、大変私の財産になったと思う。

写真転向後間もなく、大学で卒論を見ていただいた丹下健三先生から大変ユニークな教示を受けた。「今までの建築観から想像できない物にぶつかってご覧なさい。どう撮ってよいか迷う物に出会うことによって、新しい感動と思考を迫られるとよいと思う」。このことは、その後間もなく鹿島昭一さんのご厚意で訪れたアルハンブラ宮殿で実現できた。大学の西洋建築史では見られないこのアラブの名建築は、ミノル・ヤマザキをして世界の幾何学模様の集大成と賞賛されたもので、特異なプロポーションによる造形感覚と憂愁を秘めたたたずまいを前にして全く言葉もなかったものである。

私が建築の師として現在でも尊敬する故アントニン・レーモンド先生は、大変カリスマ性の強い人で独特な表現、「シンプル イズ ベスト」「エコノミックなものイチバン」がポピュラーだが、建築写真についても一家言がある。「建築は図面より写真、写真より現物。建築家は現物で勝負すべきだ」。かつて建築家であった私には現在でも大いに共鳴できる意見であるが、写真家の立場からはいささか異論がある。

私は、はっきり言って、写真は独自の表現を持つものと考えている。撮影者の強い意志によって撮られる建物は、それによってその建物の善し悪しが左右されるものではなく、撮影者の感性と建築家の感性とが互いに共振しあい現実の建物とは別の物が生まれてくるものと思っている。

今回100人の建築家の作品に接して、一人一点で表現することを自らの戒律として求めた。これはかなりの独断と勇気を必要とするものであった。

撮影にあたって常に私の頭の中にあったものは、アマチュア時代縁あって親しく接することができた故土門拳先生の強烈な教えであった。「腰を引くな! 7:3に構えるな! 核心に向かって正面からぶつかりフレームを越えたものを造れ!」。この言葉はともすれば叙情的になりがちの私を鞭打ちつづけたものであった。今回の写真集の中で地下の先生に何点か取り上げていただけるやら……?。

ともあれ、もう一人私が写真界にあって、その厳正な写真と高潔な人柄を尊敬申し上げている渡辺義雄先生との約束が果たせたことを喜んでいる。重い私の腰に鞭打ちつづけていただいた先生、「現代建築は君の生涯のテーマであろう。それが古建築に比べてフォトジェニックであろうとなかろうと写真家としてあえて世に問うべきである」。先生ありがとうございました。これでやっとお約束を果たせました。

川澄 明男
写真集「建築家100人との対話」より

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